備忘録

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起床。バナナ、牛乳、大根おろし。洗いざらしのパンストで顔面のストレッチ。
朝刊の配達。少し肌寒い。週末にしては薄いチラシ。
休み明けは比較的軽やかに動ける。爪半月が未完そのもののようにある。
帰巣し、筍ご飯、第三のビール。仮眠。
母の日に向けて、母に便りを送る。
郵便局がやっていなかったので、コンビニの大和メール便で送るが、対応してくれた店員の生真面目が度をこしていて、まるでこちらが怒られているよう。
駅前の喫茶店でアイス珈琲。いつもの店員。
ページをめくると、次のタイトルが太字で現れ、不意に終わっている話がある。
エッセイ中に引かれた詩があり、「明け方ちかく白犬がなく/枕に/花の匂いがする」と、ちょうど前頁の末尾にあった。
一枚捲ると表題がかわり、違う話題になっていてドキッとする。
高校時代の深夜テレビ、無目的に眺めていた白黒のフランス映画にもその記憶があって、準主役のピストル自殺で唐突に「Fin」となったときも、深更へ宙ぶらりんにされたこと。
バンド仲間と音楽を聴いていると、「終わり方がかっこいい」という評価が確かにあった。それはバズコックスだったかディーヴォだったかモンクスだったか、他にもたくさんあったし、なにより絶対評価だった。
あまた居たニューウェーブバンドの人たちは、前時代的な情緒への批評的実作者に違いないから、たいがい終わり方に凝っている。
中には奇をてらっただけのものもままある。
先日、ロン・セクスミスの来日ライブを見に行ったとき、思春期の頃からの聞き慣れた曲のオシマイに思うことがあった。
思い入れたっぷりに節をつけられ、もったいぶったギターストロークで朗々と歌い上げられて、こちらが照れた。スネアとバスドラが「スタタンッ」と締める。
ヤマハのライトミュージックコンテストか、と悪態をつきたくなったが、情けなくなり呑み込む。
ミッドタウン内ビルボード東京の「クオリティー高め」な店内とあわせて、ああ、おじさんおばさんサラリーマンが安心して聞けるポップミュージックだと思った。
不公平に区割りされたフロアーと、傾けるワインに皿料理。
とてもナイーヴな唄たちだけど、見せられるものに「ほつれ」がないと思った。
もっとも芸事としての強度が磨き上げられているんだからいいじゃないか、と納得しようともしたが胸を打たないもんはしようがない。
翻って、あがたさんの絶対的な歌唱が胸を打つのは、内側に二律背反を抱えているが故の「ほつれ」がバンドメンバーを自由にするからだと思った。
夕刊の配達。
帰巣し、冷蔵庫内外の余り物を炒めて筍ご飯と食す。
週末指定の集金をいくつか。集金バッグを肩にかけた同業者も幾人か見掛ける。
団地内の公園はものものしい柵に囲われて、まだまだ工事中。
公園の遊具たちは、妖精のステッキひと振りで一晩のうちにできあがるんじゃないということ。
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by huck-a-gelmondo | 2012-05-13 14:09