ベースボールキャップの曖昧

ポルカはひょんなことから隔週日曜日に村の老若を集めて開催される草野球に参加する運びとなった。教会裏でプレイボールするこの試合、毎週ではなく隔週の開催となっているのは、昆虫のように老い果てた教会の神父への気遣いであり、また昆虫への同情であり、「日曜日の金属音は鐘の音でじゅうぶんだ」という鉄鋼工場勤務作業員への金属バット的見地からの配慮であるのだが、最も重要なワケがその裏に隠れている。つまり隔週であれば、神父(これが相当の堅物である)から「ヤカマシイ!」との注意を受けたところで翌週は休んで反省の色を見せておき、そのまた翌週は再び何食わぬ顔でヤアヤア!と球をほおって、撃つ、走る、守る。要は懲りずにまた草野球をする。そしてまた注意を受ける、翌週休む、また投げる、撃つ、走る。注意を受ける。翌週休む………と、神父の激しい物忘れ(これが相当の進行である)が完治しない限りにおいてエターナルループが完成し、理屈上では村民は永遠に、年に二四回の草野球を楽しめるという仕掛けになっているのである。

ポルカは二週間分の昼食を我慢して、村のチームのベースボールキャップを買うことに決めた。受注生産であるため、さらに二週間待った。そのキャップは、限りなく紫に近い紺地へ村の頭文字であるエスのアルファベットが黄色の糸で縫い付けられた、スタンダードなベースボールキャップであった。常日頃、特に昼食の必要性を感じていなかった彼は、これならカーボン製の金属バットだって遠い夢ではないぞ、とキャップのツバをチョコンとはじいた。

帽子をかむり始めた彼は、帽子をかむり続けた。
一日中、どんなときでも帽子をとることはなかった。少なくとも、人目につくところでは。

ポルカの隣に住むサテローナ夫人は、そんな彼をいぶかしげに見守り、怪しんだ。彼女の深緑色の好奇心は、彼女自身に有閑婦人を許さなかった。
必ずや帽子の縁と頭頂部の接する部分にカラクリがあるに違いないと考え、それからというもの、入浴後の習慣としてニ十年間続けてきたクロスワードパズルをパタリと止め、毎晩毎晩そのカラクリの解明に想像を逞しくした。

ポルカは、特に帽子が似合っているからと自惚れるほどナルシスな訳ではなく、また念願のベースボールキャップが手に入ったと浮かれはしゃぐほど無邪気でもなかった。彼は帽子に違和感をすら感じていたのである。しかし彼はかむるのを止めなかった。

ポルカと帽子に関する妙な噂話も止まなかった。そのほとんどはサテローナ夫人が毎晩の研究発表を兼ねて、近隣の夫人グループ中心にまことしやかにばら撒いていたものである。
彼はそれでも帽子を被り続け、遂には少年と中年の間を行き来するようになった。おわかりだろうか?腕白で向こう見ずなベースボールキャップを初々しく頭上に戴くこともあれば、くたびれ深い皺の刻まれたベースボールキャップが皮膚の一部であるかのようにはりついている場合もあり、キャップが二面蒼の如くポルカの表情を変えていった。

そんなポルカを理解しようとの村民たちの努力は、一週間ほど西の空を虚しく暮れさせただけで、誰もがみな、もう訳がわからなくなった。
神父だけは訳知り顔で「遠い日の追憶にふけることはノープロブレムである」を村のスローガンに決めた。
彼は相変わらず居心地の悪い中、少年と中年との間を行き来していたが、それはもちろん彼と帽子との関係が少年性に帰結するするでもなく、中年性に着陸するでもなく、その間を行き来していたからである。それでも毎日は東の空から始まった。

サテローナ夫人は、入浴後の紅茶を上品に啜りながら、研究対象たる少年がベースボールキャップをはじめて被った時のことを思い出していた。
彼女は当時、クロスワードパズルを解きながら次の様に思ったのである。
「何だか子供のようで、おっさんのようでもある、不思議な印象ね。人間と帽子とは、中世の頃から特別な関係をもっていたことを考え合わせると、なにかにおうわ。そうね、確かだわ。あの関係には秘密がある」そうして彼女はポルカとその帽子とに注意し出したのである。
そんな当時の思い出を紅茶の中でひとしきりかき混ぜたあと、サテローナ夫人はふと、最初の最初から自分の推理がまったく前に進んでいないことに思い当たった。
「なんてこと。あらまあ。ワタシとしたことが一歩も前へ進んでいないわ。長きに渡って暇を知らなかったこの洞察も、これまでかしら。いいえ、そんな筈はない。でも…、皆目見当がつかないわ…………。もう……、脱帽ね………。」
色とりどりの造花にゴテゴテと飾られ、大きな庇が楕円形にゆったりとひろがる古めかしい婦人帽を慣れない手つきで曖昧に外し、膝の上に置いた。
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by huck-a-gelmondo | 2004-11-02 20:26