キャメルのコート

秋色の街道を一人のロンドン帰りが歩いています。
左手にはフィルターぎりぎりまでチビになったタバコを指先につまみ、右手にはカサカサになった革鞄をぶら下げ影を引きずりずり歩いています。
彼は待ちに待った季節を祝福するため慣れないタバコに火を点し、むせ返る喉でのみ秋を受け入れることができるのです。
影は昨日よりも長く伸び、自身のやり方でその満足をあらわしているように見えます。
革鞄の中には箱型の無愛想な機械が納めてあり、それは彼が最も大切にする「エフェクター」と呼ばれる種類の道具でした。

長く季節の訪れるのを待ち、街にエフェクトをかけにやってきたのです。

石畳はすでに途切れ、道は一歩ごとサクッサクッと軽い音のする小高い丘の頂まで届いていました。
街を広く見渡せることを確認すると、彼は赤くむき出しの土の上へ腰を下ろし、鞄を右手からひざの上へ、機械を鞄の中からひざの上へ移し、その左端に出っ張ったツマミを時計回りにソロソロとまわし始めました。
機械はだんだんと熱を発し出したようです。
耳を澄まし、その他に三つあるツマミを同じく慎重に調整し、また耳を澄まし・・・そんな彼の背後では、影も背中を丸めて指先でツマミをいじっているようでした。
そのうちにアクビ色の太陽も家々の屋根に隠れ、再び山々の間から昇り、各家庭のカレンダーが一日分めくらはじめました。
彼はただじっと、指先だけを繊細に動かし、時折耳の先が多少プルプルと震えるほかは、一晩中ピクリともしておらず、街の人々が労働のため、登校のため、泥棒のため、それぞれの理由で街道にあふれ出ると、はじめてホッと脱力したように安堵の息を大きく吐き、ドデッと大の字に寝転んだとたん、スヤスヤと寝息をたててしまいました。
街道は一色に塗りたくられていました。
男も、女も、子供も、大人も、老人も、スリも議員も、皆全員がキャメルのコートを秋風にヒラヒラさせていたのです。
[PR]
by huck-a-gelmondo | 2004-11-13 12:08