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悲哀のみそにんにく

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街歩きの中に見つけてしまった侘びしいことのひとつ。
朝膨れのゴミ袋が折り重なった集積所は、都会派カラスに荒らされる。
大山町も例外ではなく、穴ぼこだらけになったポリ袋が、日陰干しのガーゼシャツのように散らかっていた。
かりんとうやフルーツの皮、スーパーのトレイなどがカラスのくちばしでスカスカにされている。
なるほどカラスは高度20メートルのパンクスである。

さてここに、みそにんにくが半身をキラキラ光らせ横たわっている。
豚のような白い背中よりも、ビニールパックのほうがずっとよく光る。
主人に開封もしてもらえず、カラスにも選ばれなかったみそにんにく。
精一杯のふくれツラでクルマにひかれるのを待っている。
朝陽はまるで祝福するみたいに彼の背中をギラギラと照らし、不憫という名の保存料、哀れという名の着色料がダラダラと溶けだしていく。
ああ、悲哀のみそにんにく!
めげるなしょげるな早まるな!
夜には月の愛撫がまっている。
だが手遅れさ、あらかじめ!
おまえはすでに、ツムジまで泥まみれ!
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by huck-a-gelmondo | 2007-09-07 13:19

昼はセミ、夜はコオロギのハイブリッドで、なにやら二重生活をしているようだ。
が、「気配」は「これから」を思わせるから、俄然気分は盛り上がってくる。
秋には「曇っていてもやむなし」そんなところがあるから過ごし易い。
都会で暮らすと、自然が積極的に干渉してくるのがうるさい。
その点、秋は移動中のクロコみたいに申し訳なさそうで、都市生活の足場がよく見えるから、コンクリートに溺れることも身を切られることもない。
都会は夜のしじまにこそあるなら、都市生活の輪郭は秋にこそあるはずだ。

リサイタル佐野式を終えたのに語る口がなくなってしまったのは、あの感じをどう言ったらいいのかサッパリだったからで、いまだそれは変わらない。
がただひとつ言えるのは、あの日がかけがえのないものだったってこと、
そんなことをわざわざインターネット上で人に伝えることもない。
佐野さんの立派な顔としゃべり出す口が、リサイタル後もずっと頭の隅にハンチングを被っていて、そこに妙な父性すら感じていたのはなぜだろう。
佐野さんは、男で女で子供で大人だ。
触れれば壊れるような危うさと不確かさにびくびくしながらも、ワクワクしていたのは確かで、いまもゆっくりゆっくりあごを動かし咀嚼しているんだと思いたい。

以下お知らせ
今月14日に、代官山でソロリサイタルが急遽決まりました。
他は、問答無用コンドーム不要の越路姉妹。
ここは消化試合の気安さで、決勝戦のやりがいをもって臨みたい。

以上、8月14日、代官山晴れたら空に豆まいて、にてソロリサイタルのお知らせ。

翌15日には、ハッピーディスパッチが新宿2丁目で凱旋ギグパッチです。
詳細は、happydispatch.nobody.jpで。
おしまい。
おしまい。
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by huck-a-gelmondo | 2007-09-04 14:07