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先日のプレスリーナイト。
入り時間を少し遅れて会場入りすると、すでにリーゼントがアヒルの尻尾みたいになってる男たちがギターを磨いていたり、レコードをブラッシングしていたりしていて物々しい。
ステージ上では黒人のどデカイ人が「ホテル・カリフォルニア」をリハーサルしている。
ベースの黒人さんは痩せ型で、シースルーの黒いタンクトップが涼しそう。

ハッピー・ディスパッチは最初に出演。
あがた森魚の卓抜な替え歌というか超訳が光る「つめたく冷やして」では、カシオPT20をふたつ使う。旧盆前に「もうすぐ盆」と歌えたのはよかった。
続くはブルー・スウェード・シューズ。
おれん家を焼いてもいいし、俺の愛車を盗んだっていい。なんでもいいけどオレのブルースウェードシューズだけは踏むなよ!だって。
こんなのって素晴らしい。自己批評がまったくない分だけシビれちゃう。
でもヨースクリーマーのピッタピタになると
ピッタピタのパンツ履いて カッコつける オレ満足
ピッチピチの女どもは オレを見て 笑い出すのサ
とこれまた最高だ。自己批評のある分だけいい歌詞だ。ここには衝動だけじゃなくって「何故?」がある。
そうしてラブ・ミー・テンダー、最後は監獄ロックの内田裕也バージョンでロッキン。
ステージ後方に投影された往年のエルビスに睨まれながら、約20分程のショータイム。
司会は「ありがとうございます、ハッピーディスパッチさんでした。ロックンロールは自由だということを忘れていました云々」


三バンド目はミスター・カリフォルニア。
終演後、さっきとっておきのホテル・カリフォルニアでダックテイル達から鮮やかな冷笑をかっていた彼が、なぜかカタコトの日本語でギターオークションをはじめると、二万円からの出発にもちろん買い手がつかない。
すると彼はカタコトの日本語混じりの流暢な英語でこのギターがどれだけすぐれているかを実演してみせる。
そのギターはヤマハ製組み立て式のサイレントギター、カメラ目線で曰く「あたしもこのギターで多くの曲を作曲しました」

もはやプレスリーでもなんでもない。
ブラウン管に映るのは激しくまた悩ましく腰を振るエルビスではなく、映りの悪い深夜のテレビ・ショッピングだ。
月に投影されたエルビスはここでもしかめっ面だった。

あの晩が本当の鎮魂歌になるならば、ドーナッツを販売してくれればよかったのに、と帰り途に思う。

楽観主義者はドーナッツを見、悲観主義者はドーナッツの穴を見るとオスカー・ワイルドが言っているが、ロックンローラーはドーナッツを食べ過ぎるのだ。
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by huck-a-gelmondo | 2010-08-24 02:10

月の折りしろまで

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渋谷の雑居ビルで見たNRQのワンマンライブ、代官山で見たマヘルシャラルハシュバズとパスカルズ、プレスリーの命日に外苑前で行われたプレスリーナイトでのハッピーディスパッチのライブ、福島へ霊界参り等々、雑記すべきことがいくつか。
でもその前に、まずはお知らせすべきことをひとつ。


8月25日

池袋鈴ん小屋
18:30開場 19:00開演

ジョン(犬)
ジョンソンtsu+藤井寿光
ハッピーディスパッチ
▲s
safi

犬のジョンさんは足踏みオルガン倉庫から、変な外人のジョンソンtsuは旅先の奈良から来るそうです。
ジョンソンtsuが祖国ロシアへトランジスタラジオ一式を買っていけるだけの収支になればと祈っています。
アキハバラの名は遠くプーシキンの大陸までも届いているはずだからです。

この日はツバサちゃんというガラムを吸う女の子の企画。
彼女は無愛想なコケシの絵を年中描いていて、おとうさまは赤テント系の百戦錬磨の役者さんだとか。

ドラムは朝河しゅんすけがやることになりそうです。

これから25日にかけて月は満ちていき、二日後あたりをピークにまた欠けていくようす。
家の裏手、たまがわ河川敷では花火の準備が着々と進んでいます。
等間隔でブラさがっている色褪せた提灯たちよ、夏の潤んだ夜目よ、月よ、おまえたちは整列の並びが規則正しければただしいほど哀しさはいや増すよ!

こんなよい月を一人で見て寝る 放哉
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by huck-a-gelmondo | 2010-08-20 21:34

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ナナちゃんが結婚しました。
おめでとう!

結婚パーティーは葉山の森戸海岸にある海の家で行われ、朝河しゅんすけとザ*アーメンズも余興のお耳汚しをしてきました。

カリプソとハワイアンを主に演奏してきました。

最後の曲、若大将の若書きによる「お嫁においで」ではフラガールズチームの踊りも加わり、神父役もしていた朝河しゅんすけが歌詞を忘れまくったことを抜きにすれば、それはそれは豪華なもんでした。
ハム太郎、もも太郎はじめフラガールズの皆さん、とっても素敵でしたよ。

広がる砂浜に打ち寄せるさざ波、滴る水着に暮れる空。
何年か振りに海水浴場へ行ったけど、なにより水着が眩しかった。
そしてやっぱり燃えるような夕焼けが眩しかった。

夜になれば、通り雨が海の家のトタン屋根を叩き、カンカン鳴り続けの天井は物凄いような騒ぎなのに海辺は夜の呪文みたいに静かだった。
砂の一粒一粒が怖いくらいに音を吸っているのかしら。
それは今でいうならジャック・ジョンソンの風情だろうけど、思い出したのはサーフズ・アップとヘイデンの「ムービング・ケアフル」、もうひとつは投球直前の桑田だ。

写真は戦犯の朝河しゅんすけ。
ささやかな胸毛があることなんて、別に知りたくなかった。
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by huck-a-gelmondo | 2010-08-10 03:06

野澤さんの魔鏡

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斉藤哲夫と野澤享司のライブを観にいく。
野澤享司に会うのは初めてで、さすがに覚悟が要った。
三島由紀夫は死ぬまでタルホに会わなかったというが、そういうことかも知れない。
こんな類推は大げさにしても、「だりだりでぃんどん」の夢遊病者はいつだってぼくの頭の片隅をナスビのヘタで叩いていたのだ。
いまはもう曇り空の築地にも住んでいないだろうし、彼が歌うのは「大地の鼓動」めいた事柄ばかりだとは知りつつも、やっぱり気軽には訪ねて行けない。

斉藤哲夫は、「悩みおーき者よ」をタイトルからも好きになれずに、しばらくしてから「ぐっとタイムミュージック」を聴いた。
ジャケットの写真もかっこよかったけど、裏返して見ると「のざわくんへ」という曲をみつけたからだった。
その時、のざわくんは野澤享司のことに違いないと確信した。
なぜかはわからないけど、サムズアップの近くにあったレコ屋でたいした感動もなしに強く確信していた。

ライブは野澤享司からで、短パンにハイソックス、白髪まじりの蓬髪にオープンチューニングのギタリストだった。
かつての写真に見られるような、憂鬱に沈む煙草吸いの面影は静かにあった。

「白昼夢」を聴いたのはハタチ過ぎだったか、まずはジャニスで借りた。
エンケンと友部正人は三枚目までしかリアリティーを見つけられなかったが、その三枚ずつは聴けば必ずヒリヒリさせられた。
いっぽう野澤享司にヒリヒリする必要はなかった。
白昼夢の一晩がとびきりだった。
「築地の唄」からはじまって「築地の唄」で終わってみせる厭世の灰色をしたファンタジーは随一だった。
兎角こんなものが好きだった。
しみったれない負の美学が、幼な心に寄り添いながら青年の長髪で唄われている。

斉藤哲夫は坑夫を思わせる格好のまま、ステージで炭鉱のように実直な歌をうたっている。
マイクの前で自己紹介の最中、穏やかな客席から「社会派ー、がんばれー」と野次のような愛情のような声がとぶ。
斉藤哲夫は「うるせー」と冗談っぽく応えた後、すかさず「四十年来の友人であります」と付け加える、そんな実直さだった。
決して張り上げられない声は優しく嗄れていて心地よく、少し甘い。

ステージ後半の数曲はのざわくんがオープンチューニングで参加してのセッション、最後の曲はまさかの「君がきがかり」。
野澤享司の二枚目、「キョージ・トラベリン」からの目まぐるしくコードが移っていく極上の飴玉は、極上の贈り物だった。

淀みない沢のように無邪気な野澤さんに訊きたいことは山ほどあったけど、「あなたのファンです」とだけ伝えられた。
少しなまった声で「だいじょうぶ、でした?」と返された。

その分厚そうな手のひらをぼくの肩へ置いて、斉藤哲夫が「ぼくはね、ビートルズなんだ。結局ね。当時から、野澤とぼくはその点でフォークとは違っていた」と語ってくれたのが印象的だった。
「いかに転調するかに苦心していた時期もある」とも。

それで最初は奇妙なアルバムだな、の第一印象だった「グッドタイムミュージック」の見据えているところがよくわかった気がして、聞き返せばなるほどその通りで後半の混沌にはアビーロードが直角に交差しているはずだった。

バーボン好きの笛吹き童子みたいな野澤さんの秘密はまだわからない。
魔鏡なり水盤なりをもっているのは間違いないと思う。
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by huck-a-gelmondo | 2010-08-06 03:38

コーチン

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鶏がギャーギャー鳴いている。

一羽はハンカチを手放せないセンチメンタリスト、曰く「おひとり様の宴会とはなんて哀しい景色だろう!」
小さいほうの鶏は疑り深い「看板にだまされて注文の多い料理店に入ってしまったおひとり様はいったいどんな目に遭えばいいんだろう!」
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by huck-a-gelmondo | 2010-08-04 17:51

肩の荷

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本を処分することにする。
ブックオフというのも色気がないので、二年前に段ボール三箱分を八千円にしてくれた下北沢の古本屋に引き取ってもらうことにした。
相談すると、着払いでいいから送れという。
どんな本がありますかとたずねられたので、ズバリ眼についたポウの全集や稲垣足穂の単行本、と答えると「幻想文学の類いでしょうか」とのこと。
便宜を察する程度には大人なので、「そうです」と。
もとより足穂の単行本を売る気はない。
しかし段ボールがなかなか手に入らない。
近所のサンデーマートにはペットボトル六本仕様の小さい箱ばかり。
それでも一週間かけてちょうどいいダンボールが三箱そろう。

二子玉川に来てからは古本屋もないし、駅中のブックファーストで新刊本を冷やかすばかり。
チャートインしているのは実用的な題名のついた新書ばかりだ。
それらは読めばその晩には効果が出ているような錯覚を煽っている。
あらゆる雑誌は新しい趣味への入門をさせてばかりいる。
そして廃刊してばかりいる。
そういえば、広告批評の最終号を買ったことがある。
それまで一度も広告批評を買ったことはないから、車庫行きの回送電車に駆け込み乗車するようだな、と照れたっけ。

不揃いの谷崎全集も、精二訳のポウ全集も東海林さだおもダンボールへ詰め込んだ。
ラフォルグとノヴァーリスとコクトーは残した。

いくら多くても、本はトランク一杯程度におさめたい。
どうにも見たくなければフタを閉じればいいだけだから。

ドストエフスキー学者の江川タク氏に「謎解き罪と罰」という選書があって、詰め込み前にパラリとやったらパラフィン紙へ六年前の落書きがあった。

ドストエフスキーと巨人軍は永久に不滅だ。
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by huck-a-gelmondo | 2010-08-04 08:33

地下の味

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大上流一のソロ、dead pan smilesを観に行く。

彼に会ったのは五年くらい前か、ユージは会ったほうがいいぜ、とのことだった気がする。
その後、一度だけ共演というか対バンというか同じ一晩にそれぞれ演奏した。こちとらハッピーディスパッチだった。
ダイジョーくんの乾いたギターはささくれ立っていた。
他ならぬデレク・ベイリーだった。
その時はそれ以外に適当ななにものも見つけられなかっただけだけど。

中野富士見町から中野通りへ出て南下、緩い坂をのぼった左手の地下。
フロアー中央にさっぱりとしたアンプとギターケース、ボリュームペダルとピアノ椅子。
客席には割烹着のおばさまからネルシャツの若者、白髪まじりの長髪に端正な顔立ちのおじさままで。
全員、つい五分前の日常からスッと階段を降りて来ましたといった風情。
奥から大上流一入場。
まず客席をキョロッと一瞥してからは前髪を垂らして、一時間ほどの演奏を終えるまで一度もアゴをあげず。
シーンは何度も区切られながら途絶えることなくインプロビゼーションが続く。
聴きながら、彼がここで六年間、毎月やってきた年月とそこからしか生まれ得ない説得力のことを考える。
不穏な単音が列をなし、残響音がシンフォニーを鳴らす。
穏当なハーモニーの敷石をつま先だちで避けて歩くようなギターと指先だった。
彼はなぜギターを弾くんだろうと思う。
ギターである必要はないんじゃないかとも思う。
しかし他のだれからよりもギターへの偏執的な愛を感じるし、だいいちギターが似合ってる。
もはや一輪挿しのダンディズムすら匂わせる。
だから茶室を思う。
演奏会というよりも、おもてなし、とかそーんなカンジ。
一時間ほど繰り広げられた演奏の、とくに後半はいろんなことを思う。
ほとんどみじろぎもしない客たちは部屋に拡がる響きに反応している。
少なくとも聴くとか見るとかじゃあない。
光合成ならぬ響合成か、とかが浮かぶ。

彼は大上流一という強い記名性の匿名希望者?
しかしダイジョーリューイチ個人への個人的な好奇心が、演者である彼の滅私を許さなかった。
インプロビゼーションだから、フッと記名性の消え失せるときこそ名演なんだろうが、ぼくに見えている彼はどこまでもダイジョーくんに他ならない。
これは演者の問題ではなくて、こちらの視線がとる角度の話だ。関係ないが、中学三年からぼくは斜視と付き合っている。


「坂本宰と影」の、坂本宰さんも来ていた。
まさかの再会をよろこぶ。
彼とは二年ほど前に「東京まぼろし音楽会」と題して、あがた森魚×本多信介×岸野雄一×
坂本宰と影、で光と影のスペクタクルショーを企画したとき以来。

インプロビゼーションを聴くと、いやインプロビゼーションに反応させていると、つれづれこそ語るべきかもね、と思えた。
その一時間のあいだホストが流転していくから、こっちもまとまっては居られずに断章また断章で折り合いをつけていく。

終演後に今晩のホストと話せば、六年間のあいだ毎月続けている即興を、休まずに毎回浴びに来ているヒトが居るという。
割烹着の彼女だという。

してみりゃあ毎月毎月、71回も反応し続けている彼女のほうがダイジョーリューイチ自身のような気がした。
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by huck-a-gelmondo | 2010-08-01 23:08